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大阪高等裁判所 平成3年(う)1018号 判決

本店所在地

和歌山県新宮市下田三丁目一番二〇号

有限会社王子商会

(右代表者代表取締役 西眞徳)

右会社に対する法人税法違反被告事件について、平成三年九月九日和歌山地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人会社から控訴の申立てがあったので、次のとおり判決する。

検察官 朝倉安藏 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人豊島時夫作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原判決の刑が重過ぎるというものである

そこで、記録を調査し、当審での事実取調べの結果も検討して、次のとおり判断する。

本件は、被告人会社の当時の代表者二名が、共謀して、毎日売上の一部を除外し、コンピューターの売上データーを作り替えるなどして行った計画的な犯行であり、脱税率も高く、二か年度分は法人税を全額免れ、一か年度分は六八パーセント余りを免れたものである。

このような事情及び脱税額自体に照らすと、被告人会社が本件脱税の事実を争わず、脱税額全部の納税を済ませたこと等、所論指摘の被告人会社のために酌むべき事情を十分考慮しても、原判決の量刑が重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木暢茂 裁判官 喜久本朝正 裁判官 氷室眞)

平成三年(う)第一〇一八号

○ 控訴趣意書

法人税法違反 被告人 有限会社王子商会

平成四年一月一八日

右被告人弁護人弁護士 豊島時夫

大阪高等裁判所

第一刑事部御中

右被告人にかかる標記事件の控訴趣意は左記のとおりであります。

第一 原判決は、被告法人に対する、検察官の罰金三〇〇〇万円の求刑に対し、求刑と同額の判決を言い渡したが、右量刑は重きに失し不当であるからこれを破棄すべきものと思料する。

以下、その理由を述べる。

一1 本件三事業年度の脱税総額は検察官の起訴にかかる金額によると合計金一億二、〇四六万八、三〇〇円で、これに対する罰金の求刑額は三、〇〇〇万円であるから、通常の求刑金額から考えると、やや軽いものである。

2 弁護人は税務当局に、本件は査察着手前に修正申告しているから告発すべき事案でない(理由は後記)旨陳情したが、検察官には一切陳情していないので、検察官が求刑金額を通常の金額よりも軽くした理由の詳細は知る由もないが、本件事案の内容から見ると主として次の事情を考慮したのではないかと推認する。

(一) 被告法人は査察着手前に、実際所得額の約八割の修正申告をしていること。

税務当局の調査を受ける前に納税者が修正申告をした場合には、修正申告による増差税額については重加算税は勿論のこと国税通則法(以下「通則法」という」第六五条五項の規定により、行政罰である過小申告加算税も賦課されない。

被告法人は、他の納税者に対する税務調査が進行していることを知り、自己にも将来税務当局の調査が及ぶであろうことを知って修正申告をしたものである事実は認められるが、それだけでは、通則法六五条五項の規定の適用は排除されず、同条項の適用を受ける。

同旨判例、東京高裁、昭和六一年六月二三日判決、行政事件裁判例集三七巻六号九〇八頁

したがって、確定申告の際の金額は少なかったが、実際所得額の八割相当部分については、税務当局に手数をかけることなく申告し、納税したことにより、行政罰を全く受けないものであるから、刑事罰の量刑についてもこれを考慮するのは当然である。

(二) 被告法人は実際所得金額の約八割の確定申告及び修正申告により、査察着手前に、申告、納税しているから、査察の従前の処理方法からすると、検察官に告発することもなく、行政処分のみによって処理するのが相当であったこと。

例えば、控訴審において追加立証する予定であるが、平成三年六月六日付産経新聞朝刊によると、「地産」の元会長竹井博友が国際航業株などの仕手戦に絡んで国税当局の調査が周辺に及んだ平成元年四月と同二年一二月に株式売買益約五五億円を急遽修正申告した。

国税当局は特捜部(東京地検)への告発を見送り、課税処分だけにとどめた。この脱税と不告発を知った検察庁と国税当局との関係が一時こじれた。検察庁は脱税事件の捜査としては異例の大掛かりな家宅捜査を行ったが、これは脱税事件にとどまらず、異色実業家の裏面にも迫ろうとする強い決意が、うかがわれる旨の報道がなされている。

竹井氏が二回にわたって修正申告をしたというのは、多分最初の修正申告による増差額が正当額より相当少なかったので、税務当局と意志相通ずる者の仲介により正当額まで増額する修正申告をさせたのであろうと推認される。

その修正申告の際、既に税務当局の竹井氏に対する調査(査察ではない)が及んでいたか否かは不明であり、したがって過小申告加算税を徴収したか否かについても不明であるが、いずれにしても査察着手前に、正当金額ないし、それに近い金額の修正申告をしていることが判明しておれば、査察には着手しないのがこれまでの査察着手に当たっての処理方法の一つである。

竹井氏に対し税務当局上層部が査察に着手させず、したがって検察庁に通報することもなく、勿論告発をしなかったのは、従来の査察着手事例に従っただけのものであり、検察庁が税務当局を咎めることは出来ないのである。

ただ、脱税金額があまりにも大きいこと、修正申告が税務当局と馴れ合いでなされたと疑われること、修正申告をさせることによって、竹井氏が逮捕されることを免れさせ、別の隠れた犯罪検挙を困難にさせたと検察庁が認識したことによって、検察庁が税務当局に不快感を抱き、税務当局が、これまでの通常の処理方法にしたがって査察せず、したがって検察庁に通報も告発もしなかったものだと反発したことによって一時的に両者間に対立感情が生じたものであろう。

竹井氏の場合は、このような事情で、検察庁が税務当局の意に反して脱税事件として捜査したものであるが、もとより右のような事情の下での異例の処置であって、通常の事例ではない。

したがって、本件は、通常税務当局が告発を差し控え、ひいて起訴されない事案であるのに、告発、起訴したものであるから、情状として検察官が考慮すべきものである。

3 その他の情状について被告法人の情状は他の脱税事犯の場合と特に変わるところはなく、納税、反省についても見るべきものがある。

申告に当たって、昭和六二年五月期と同六三年五月期の所得金額の全額を秘匿し、平成元年五月期についても多額の所得を秘匿した旨起訴状にも原判決にも記載されているが、これは弁護人が原審において申上げているとおり、各事業年度特に第一、第二の事業年度において所得金額全額を秘匿したものではなかったが、繰越欠損金を控除したため申告所得額が零となったにすぎないものであり、「所得金額を全額秘匿した」というものとは異なるのであって、査察で検挙されるパチンコ店の通常のほ脱率にすぎない。

4 これまでの脱税事件についての裁判所の処理を見ていると、被告人が争う正当な理由も見当たらないのに、ことさらに争って長期間不毛の訴訟手続きを浪費している場合でも足して二で割る被告人に有利な算術的判決をする一方、被告人が反省して全く争わず早期結審をした場合は求刑どおりの罰金を課す例がまま見受けられる。

社会正義の上からも、将来の訴訟経済を考えた刑事政策の上でも妥当でなく、反って、不当に争う者には厳罰を、争わないで恭順の意を表す者には寛刑に処すのが相当であると思料する。

5 本件は、被告法人らが起訴事実を争わず恭順の意を表わして早期結審し、検査官が前記諸般の事情を考慮して、検察官として求刑すべき通常の求刑をしたのに対し、裁判所が、被告人及び弁護人の公判において立証した被告法人有利な情状を全く顧慮することなく検察官の求刑どおりの罰金刑を課した珍しい事件で、このような事件は従来高等裁判所において原判決を破棄し、罰金刑を軽減していると承知しているところである。

第二 以上の次第であるから、原判決はこれを破棄し、被告法人に対し適正な判決を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

行為者として起訴された代表者のうち西満は原判決後、控訴することなく死亡しました。

何卒、被告法人に対し、ご寛大な判決をお願いするものであります。

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